こんにちは、株式会社ドローンエンタープライズ 代表の早川(@hayakawa_drone)です。
2015年(平成27年)12月、ドローン飛行規制となる航空法改正が行われました。
このブログ記事を書いているのは2024年。ちょうど来年で航空法改正から10年になろうとしています。
すでに長い年月が経過しているため当時の記憶が薄れていたり、そもそも5~6年からドローンを始めた方にとっては「航空法はなぜ改正されたの?」と認知がなかったりするかもしれません。
そこで10年目を迎えるにあたって今回のブログ記事では…
- 航空法改正のきっかけになった事件詳細
- 航空法改正までの時系列
- 2015年12月施行の航空法(無人航空機飛行規制)について
の3つを中心に「2015年ドローン飛行規制の航空法改正に至る軌跡」を情報シェアします。
その当時を知らない方には10年前に何が起きたのか、そもそものきっかけは何だったのかを知っていただければと思います。
このページに書いてあること
2015年4月22日、首相官邸屋上にドローン落下事件
今からおよそ10年前、2015年4月22日に首相官邸屋上にドローンが落下しているのを新米職員が発見し、各社一斉に報道しました。
Youtube「首相官邸屋上にドローン 落下か、警視庁が捜査」より
上記の写真や映像はインパクトがあり、記憶に残っている方も多いと思います。
「ただの飛行ミスによる落下なのか?」「テロ行為なのか?」そのような様々な憶測が流れると同時に”ドローン”というキーワードが世の中に一斉に広まった事件でもありました。
では、この事件がどのように起こったのか裏側を探っていきます。
元航空自衛隊員(40歳男性)による犯行
当時、福井県小浜市在住であった元航空自衛隊員(40歳男性、以下Aさん)が、事件発覚の2日後に小浜警察署に自首。
- 「反原発を訴えるため」が目的
- 福島第一原発の事故で放出した微量のセシウムが含まれた水や砂が入った筒を用意
- ドローン(Phantom)を使用し近隣から飛行した
と事件が明るみになりました。
犯行ブログ記事による使用されたドローン
犯行をおこなったAさんはブログ記事で事件時の状況などを記しています。
汚染土100g、黒く塗ったPhantomを使用した「最終仕様」を掲載。
犯行当日の状況
事件発覚したのは4月22日ですが実際の犯行は4月9日だったようです。
犯行当日の生々しい記録が残っており、
03:30 赤坂到着
昨日はほとんどいなかった客待ちタクシーがズラリ。雨の日はタクシー忙しいのか・・・今日は暇そう・・・邪魔・・・。
離陸地点を通りから入った駐車場に変更・・・ビルの合間・・・電波が心配・・・。迷わず離陸・・・メンタル問題なし。GPS感度が悪くてビルスレスレで上昇。官邸上空・・・中庭・・・全く見えない・・・真っ暗・・・。
官邸の輪郭すらつかめない。電気つけとけよ・・・節電か・・・じゃあ仕方ない・・・。HOMEを現在地に再設定する操作をするが設定できない・・・想像以上に電波が悪い。
カメラ画像にノイズが乗る・・・。目標を官邸前庭に変更。前庭のライトめがけて下降・・・画像電波ロスト・・・。なぜかDJIアプリダウン・・・再立ち上げ。操縦用の電波は微妙に拾っててスティックを下降させ続ける。
そのまま完全ロスト・・・。しばらく待つも戻らず・・・現場離脱。
当日のGPS感度の悪さ、暗闇の中の夜間飛行、目標着陸の位置変更など、飛行の困難さが見てとれます。
犯行後の実刑判決など
世間を賑わせたこの首相官邸屋上ドローン落下事件。
威力業務妨害として逮捕され、Aさんのメモ記事によると…
2016年2月16日 第7回公判 判決言い渡し
懲役2年執行猶予4年 ドローン没収
東京拘置所から出所(拘留日数 297日)
懲役2年、執行猶予4年の判決だったようです。Aさんご本人としてはドローン返却を再三要望していたようですが、それは叶わなかったようで他記事に記載があります。
(Aさんは今現在、漫画家として活動されています)
ドローン落下事件後の政府対応
2015年4月22日にドローン落下事件が発覚したのですが、その日のPMには、当時官房長官だった菅さんが下記にように述べており、
菅義偉官房長官は22日午後の記者会見で、「国家の行政機関の中枢である首相官邸にかかる事案であり、警察において徹底した捜査を行う」と話した。「小型無人機を利用したテロの発生も懸念される」とも述べ、重要施設の警備や小型無人機によるテロ攻撃への対策を強化する考えを示した。また、「公的機関の関与するルールの必要性、関係法令などを早急にやっていかなければならない」と強調した。
小型無人機によるテロ発生の懸念もあるため、関連法令など早急にやっていく必要があるとコメントしています。
この瞬間から「ドローン飛行のルールづくり」という機運が高まったわけです。
当時の日本と海外のドローン規制
2015年4月の段階でドローン規制はどのようなものがあったのか日本とアメリカで比較すると…
日本のドローン規制
- 高度250m未満なら飛行制限なし
- 空港周辺や航路直下は飛行NG
航空法ではドローンは模型航空機の扱いとなっており、基本的には自由に飛行できるというもの。
アメリカのドローン規制
まだ規制は敷かれていなかったものの連邦航空局が
- 操縦者は17歳以上で、航空知識テストに合格する
- 操縦者の視界内で飛行する
- 高度は500フィート(約152メートル)以内
とドローン規制を設けようと同年2月15日に規制案を公表したばかりだったようです。
日本と海外との比較表
海外は、目視内に限定したり、高度制限があったり、規制はあったのですが、日本では諸外国と比べると緩い状態だったとのことです。
政府の方針
事件後の5月12日の国会答弁書によると
政府としては、「ロボット新戦略」(平成二十七年二月十日日本経済再生本部決定)に基づき、運用実態の把握を進め、公的な機関が関与するルールの必要性や関係法令等も含め検討を進めている。
加えて、関係行政機関相互の緊密な連携を確保し、総合的かつ効果的な取組を推進するため、平成二十七年四月二十四日に「小型無人機に関する関係府省庁連絡会議」を開催したところである。
今後は、同会議を中心に、内閣総理大臣官邸を含む重要施設の警備態勢の強化、いわゆる小型無人機の運用ルールの策定、制度の見直し等について、政府一丸となって早急に取り組むこととしている。
ロボット新戦略で運用実態、ルールの必要性など検討を進めていたが、関係府省庁連絡会を発足して早急に制度見直しに取り組むと方針を出しています。
実際に、どのようなドローン規制にするのか?といった「小型無人機に関する関係府省庁連絡会議」が発足したのは4月24日、つまり事件の2日後です。
小型無人機に関する関係府省庁連絡会議
2015年4月24日に開かれた連絡会議では、内閣官房関係者、警視庁、総務省、消防庁、法務省、経済産業省など各省庁の局長が集合し、
- テロ等に対する重要施設の警備体制の抜本的強化
- 小型無人機の運用ルールの策定と活用の在り方、関係法令の見直し等
について連絡会議を開催。
その中で国土交通省は、制度検討にあたって基本的考え方として、3つのポイントを述べています。
小型無人機に関する制度の在り方
- 制度対象となる無人機の範囲については、明確なものであるべき
- 安全の確保が最重要課題である一方、技術開発や新たなビジネスにも対応できる柔軟性
- 小型無人機の普及に伴う課題を解決し、我が国成長政略にも貢献
1番目は、国土交通省として航空機など多数の取り扱いがあるため「無人機の定義を決めたい」というのは当然であって、2番目・3番目には「将来を考えた柔軟性、成長政略にも貢献する」とあります。
当時、事件直後だったのにも関わらず、前向きな制度の在り方を言及するのは評価に値すると思われます。
制度の骨子案
関係府省庁連絡会議は大まかに月1回のペースで開催され
- 第1回 平成27年4月24日
- 第2回 平成27年5月12日
- 第3回 平成27年6月2日
この第3回には大きな議題として
- 飛行の安全対策、利用促進(=国土交通省、経産省)
- プライバシー関係(=総務省)
- 電波関係(=総務省)
の3つに集約されており、すでに制度の骨格となる骨子案ができあがっています。
「小型無人機に関する安全・安心な運航ルールの骨子の概要」より
上記のテキストを読むと、なんとなく「あぁ~、あのことね」と見えてきます。
- 空港近くの飛行禁止
- 人口集中地区の飛行禁止
- 災害対応時は特別な扱い
これらについては決定事項ではなく、関係団体など幅広い関係者に周知や調整を経て、可能な部分よりルールを具体的にしたいと述べてあります。
さらに
特に緊急の対応が求められる運航方法の規制については、必要な法案をとりまとめ今国会提出を目指す
とあるように早期にドローン規制(=航空法改正)をおこなう意思が見てきます。
航空法の一部を改正する法律案の閣議決定
関係府省庁連絡会議の第3回が開催されたのが6月2日。
その1ヶ月強の7月14日には「航空法の一部を改正する法律案」が閣議決定されています。
ここではすでに2015年12月に施行されるドローン規制(=航空法改正)の飛行ルールができあがっており「航空法の一部を改正する法律案要綱」も出ています。
例えば、
- 常時監視して飛行させること
- 人または物件との間に国土交通省令で定める距離を保って飛行させること
- 多数の者が集合する催しが行われている場所の上空以外の空域で飛行させること
- 国土交通省令で定める場合を除き、当該無人航空機から物件を投下しないこと
など今となっては普通になったドローン飛行ルールが作られています。
ドローン落下事故の4月22日から早2ヶ月強で、ルール策定し、閣議決定にいたるスピード感は素晴らしいものです。
多数意見なパブリックコメント
9月11日には「航空法の一部を改正する法律」が交付され、その直後、9月16日にパブリックコメントにて意見募集をおこなっています。
パブリックコメント「航空法施行規則の一部を改正する省令案等に関する意見募集について」より
提出意見は222者から622件の意見が寄せられ、多数の賛否がありました。
無人航空機の対象が重量200g未満について
「例えば 500g や 1kg 未満の機体は無人航空機の対象から除く等、規制の適用外の範囲をもっと広げるべき。」
と言った200gを緩和して欲しい意見、機体の機能や性能で区分する意見などには
国土交通省の考え方
一般に、機体が軽量であれば、衝突・落下等の場合の地上等の人や物件への危害はより小さいと考えられること、重量が 200g を下回る機体は、一般に機能・性能が限定的であることから、規制の対象 から除くこととしています。
と考え方を記しており、この当時では「200g未満の機体は性能が限定的で、地上や物件への危害は小さい」としています。
これは現在、100g未満になっていますが、この時と同様の考え方が踏襲されていると思われます。
2015年の段階では、確かに200g未満のドローンは高度30mの飛行ですら怪しく、とても150m上空に飛行できる代物ではありません。(その後、199gのドローンが「機能・性能が限定的」と言えなくなったのは周知の事実です)
飛行高度150mについて
「現行の航空法施行規則第 209 条の3及び4では、管制圏や 情報圏以外の空域であり、かつ、航空路外の場合には 250m まで許可や届出等が不要であったため、飛行禁止高度を現行航空法施行規則第209条の3及び4の内容とあわせて欲しい」
この2015年12月の航空法改正が施行される前までは、前述の通り250mまでは規制がなく飛行が可能です。その高度に合わせて欲しいという意見ですが
国土交通省の考え方
無人航空機が航空機と衝突等した場合には 航空機に甚大な被害を及ぼすおそれがあることから、航空機と競合 する空域における飛行の規制は必要と考えております。このため、航空機の最低安全高度(150m)よりも高い高度で無人航 空機を飛行させた場合は、航空機と衝突する蓋然性が高まることから、地表又は水面から 150m以上の高さにおける無人航空機の飛行については、航空機の航行の安全を確保するため、許可が必要となります。
150mという高度について明確な理由は述べていませんが、高度150m未満までとして「それ以上は航空機の安全が確保できれば許可制で飛行可能」としています。
今となっては150mでも十分な飛行高度ですが、当時250m→150mにしたのは「無人航空機の飛行が劇的に増加するから安全圏として」という意味合いもあったかもしれません。
飛行禁止エリア(DID)について
「人口集中地区(DID)で規制するのではなく個別に禁止空域を指定すべき。」
という意見はありますが、さすがに個別に禁止空域を指定するのは大変なので、これは国土交通省に同情をしますが
国土交通省の考え方
①無人航空機が上空を飛行することで地上の人及び物件に危害が及ぶ可能性の高い、人や家屋が密集している地域を表していること、
②インターネット、書籍によって確認することが容易であり、飛行させようとする場所が規制空域(人又は家屋の密集している地域)に該当するか否か、明確に判断出来ること、
③5 年ごとに実施される国勢調査によって定期的に更新され、実情の変化を一定間隔で反映できること、
等の理由から、人口集中地区(DID)で規制することと しています。
誰もがわかりやすく、誰もが調べやすく、明確に判断できる基準としてDIDは妙案だったと思われます。
その他の意見や回答
- 保険加入を義務つけるべき
- 機体登録・機体検査・免許制度を導入すべき
- 事故報告を義務化すべき
そういった、いわば「もっと厳しく」といった意見もあったのは、当時「ドローンは悪の根源」と逆風が吹いていたのも背景としてありそうです。
またパブリックコメントの意見によって、要領案からやや具体的な記述にして厳しくなっている点も見られ、多数の意見が反映された印象があります。
「ご意見の概要及び国土交通省の考え方」、そして「結果を踏まえた比較表」は当時の雰囲気を知るのに適しています。
2015年12月10日 改正航空法の施行
事件発覚した4月22日から約7ヶ月強、12月10日に航空法が改正され施行されました。
7月14日の段階でほぼ骨格ができていた案から、多少の肉付けはありましたが、この日から小型無人機の飛行ルールが制度化。
違反した場合には50万円以下の罰金刑に処する旨も加わりました。
この2015年12月10日に施行された航空法改正は、今現在の航空法(小型無人機の飛行ルール)のベースにもなっており、(プラスで加わった要件もありますが)約10年経過した今でも変わっていません。
2015年4月の事件を発端に、2ヶ月後には無の状態から骨子案ができ、7ヶ月後に改正航空法施行と、当時のスピード感を窺い知れるところです。
改正航空法の施行日(12月10日)に航空法違反
ドローン史上、歴史的幕開けとなった12月10日。
その施行日当日に航空法違反になった事案があるので余談ながら記します。
禁止地域でドローン発見 高松、初の改正航空法違反か
高松市観光町の駐車場内に小型無人機「ドローン」1機が落ちているのを付近の住民が見つけ、110番した。国の許可なく人家の密集地域での飛行を禁じた改正航空法が同日施行され、香川県警は発見現場上空が禁止地域に当たるため、同法違反の疑いがある初のケースとして所有者の写真店経営の男性(50)=同市=から事情を聴いている。
2015年12月10日、その当日に
- 高校卒業アルバム用の学校全景写真を撮る目的だった
- 国交省の飛行許可のない写真店経営者がDID内で飛行した
- ドローンがコントロール不能になって500m先の住宅に衝突落下した
その後110番によって警察官に無許可飛行がバレて航空法違反で事情聴取を受けている…という事案です。
当時、航空法について周知はされていたので、これは同情できませんね…。
あとがき
2015年の事件から法律施行までを追ってみましたが、2015年の段階で将来ドローン市場の拡大や利活用の観測はあったはずです。ただ、それを見越した制度設計をしていたとしたらプレッシャーは計り知れないものです。
首相官邸屋上ドローン落下事件が航空法改正の発端になったと言えますが、もしこの事件がなかったとしても遅かれ早かれ、ドローン規制は作られていったと思われます。
2015年から10年、この10年間の運用とともに、その振り返りも必要になってくるかもしれません。